今回、登場するのは第32回オリンピック競技大会(2020/東京)の体操男子団体総合で主将を務め、銀メダルを獲得し、さらに種目別、あん馬の決勝で銅メダルを獲得した萱和磨さん。「ミスをしない男」と称される萱さんは、日々、どんな練習を重ね、どんな思いで本番に挑むのか。競技に向き合う姿勢を伺うとともに体操競技の魅力や今後の目標などを語っていただきました。
小学校2年生のときから体操競技を始めたという萱和磨さん。そのきっかけはどんなことだったのでしょう。
「2004年に開催された第28回オリンピック競技大会(2004/アテネ)で、日本の体操男子団体が見事に金メダルを獲得したニュースをテレビで見たんです。中でも、冨田洋之さんの鉄棒の演技に目がくぎ付け。『自分も体操をやってみたい!』と両親にお願いし、自宅の近くにあった体操教室に入りました。でも、最初は逆立ちすらできなくて。周りのみんなはできるのに、自分だけできないのが悔しくて必死で練習しました。練習すると、逆立ちもできるようになるし、跳び箱も飛べるし、マット運動もどんどんできるようになる。それがうれしくて練習を重ねると、今度は大会に出られるようになる。すると、大会では身近にいる人たちより、もっともっとうまい人たちがいることを知る。それなら自分もと、また練習に燃える。気付けば体操漬けの毎日を過ごすようになっていました。」
高校に入ってから一気に頭角を現し、世代を代表する選手として注目されるようになります。
「高校2年生のときに2013年国際ジュニア体操競技大会の個人総合で優勝できたあたりから自分に自信を持てるようになりました。練習の成果が結果につながったことで、幼いときに憧れたオリンピックに、もしかしたら自分も出られるかも!という希望の光が見え始めたのが高校2、3年の頃でした。」
萱さんは「ミスをしない男」としても知られています。
「技の完成度を極めるという点では、自分なりに人一倍厳しくしているつもりです。練習で完璧に仕上げるのが基本。試合では、それこそ海外での時差があったり、器具もメーカーによって硬さやしなり具合が変わったりするなど、イレギュラーなことが多々起こります。そうしたことに影響されず、心も演技もできるだけブレないようにするには、やはり練習をどれだけ積み重ねるかにかかってきます。具体的に言うと、試合を見据えた練習では、試合会場のレイアウトや雰囲気、状況を頭の中に思い浮かべ、本番に限りなく近い意識で演技に入ります。練習でできる限りのことをすることが当日の自信につながるんですよね。そして、いざ本番の試合となったら、演技する1分間、自分がやってきたことを信じ、平常心を持って技に挑む。そうして挑む技の一つ一つが自分に自信を与え、次なる挑戦へと向かう気力を生むことにもなります。練習から本番へとつながる自分の大きな軸というか幹を作ることがプレッシャーをはねのけ、ミスをしない要因になるのだと思います。」
見る側も安心して観戦できるのは、やはりそうした日々の鍛錬があってこそなのですね。
「体操競技って点数や順位が都度、表示されるので観戦している方々もハラハラしますよね。ずっと1位をキープしていても最後の種目で失敗することもあれば、逆に最後の種目での逆転もあり得る。それだけに最後まで気が抜けません。だからこそ、われわれ競技者は、どんな状況であれ、日々練習してきた通りを心掛け、常に平常心を保って演技するまで。ご覧になっている皆さんは思う存分に手に汗を握り、選手が繰り出す大技に息をのみながら演技を見守り、そして、最後まで落下せずに着地がビシッと決まったときは選手と一緒に大いに喜んでください。緊張からの解放感や達成感、それが競技する側、観戦する側の共通した醍醐味(だいごみ)ではないでしょうか。」
第32回オリンピック競技大会(2020/東京)では、念願のオリンピック初出場を果たされました。実際のオリンピックの舞台はいかがでしたか。
「一番に感じたのは、やはり応援してくれる人の規模のすごさです。大会後も、『体操を初めて見た』という方もいて、その影響力の大きさはさすがだなと。実際、自分も小学生のときにテレビで見たオリンピックで体操に目覚めたわけですし。周りからの注目度、反響の大きさに、これがオリンピックなのだとあらためて実感しました。」
男子団体総合では主将も務められました。
「もともと、言葉でみんなをまとめたり、鼓舞したりする性格ではないんですよね。それよりも、練習や試合でミスをしないという地道さで信頼を得ていくのが自分のスタイル。実際の試合でも、先陣を切る自分の背中を見せることでみんなが後ろに続いてもらえたらなと考えていました。結果、4人全員がノーミスで演じ切ることができました。」
満を持して臨んだ結果、団体は銀、種目別のあん馬で銅メダルという成績を収められました。
「もちろん、団体も個人も目指していたのは金。全てを出し切ったものの、正直、悔しい気持ちは残りました。団体に至っては、ROC(ロシア・オリンピック委員会)にわずか0.103点の差での銀。そう簡単に夢はかなわないことを痛感しました。だからこそ、余計にオリンピックで頂点に立ちたいという思いは強くなりました。目指すは、第33回オリンピック競技大会(2024/パリ)で金メダルを取ること。今は、自分の体操人生をかけてその夢を果たすという気持ちで練習に臨んでいます。」
競技者として萱さんが目指している目標はどんなことなのでしょう。
「“失敗しない”はベースとしてあることなので、僕の場合は“美しさ”をさらに磨いていきたいと思っています。体操競技では、演技の難しさや構成内容を評価するDスコアと演技の出来栄えを評価するEスコアの二つの点数から算出されるのですが、このEスコアに磨きをかけていきたいなと。今は、美しい体操をして失敗をしないということをテーマにして日々練習しています。その一方で、自分のこの経験を体操界やスポーツ界の役に立たせたいという思いも最近では特に強くなっています。現在、大学院で学びながら練習をしているのですが、論文では、自分自身が被験者となり、体操の技術を動画、画像、言葉で残す取り組みも行っています。」
最近では、スポーツ観戦を機に東京を訪れる外国人観光客も増えています。そうした方々に萱さんお薦めの日本食があれば教えてください。
「日本のラーメンが外国の方に大人気と聞きましたが、僕がおすすめしたいのは日本そば。同じ麺でもよりヘルシーで歴史のある日本食です。特におすすめなのが天ぷらそば。アツアツの天ぷらと喉越しの良いおそばの相性は抜群で、僕の大好物です。皆さんもぜひ、日本にいらしたら天ぷら蕎麦を召し上がってみてください。」
<プロフィール>
萱和磨
KAYA Kazuma
1996年、千葉県出身。小学校2年生のときに体操を始め、高校2年時の第30回全国高等学校体操競技選抜大会個人総合で優勝。順天堂大学進学後、2015年の第46回世界体操競技選手権大会で初の日本代表入りを果たし、男子団体で金メダル、個人では種目別男子あん馬で銅メダルを獲得。2020年の第74回全日本体操個人総合選手権で初優勝。オリンピック初出場となった第32回オリンピック競技大会(2020/東京)の男子団体では主将としてチームをけん引し、銀メダル獲得に貢献するとともに、男子種目別あん馬では銅メダルを獲得。