02/25/2026

多くの支えに応えるためにも、マラソンへの挑戦をあきらめない
-安藤友香さん

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SPECIAL INTERVIEW

23歳で初マラソン日本人最高記録を樹立

2017年の名古屋ウィメンズマラソンで初マラソン日本人女子最高記録を樹立し、一躍注目を集めた安藤友香さん。東京2020オリンピック競技大会に女子10000mで出場し、世界陸上には2017年と2025年の2回出場するなど、活躍を続ける安藤さんに、印象に残っているレースについて伺うほか、ご自身も出場された東京マラソンの見どころや大会の魅力について語っていただきました。

安藤さんが陸上競技をはじめたのにはどんなきっかけがあったのでしょうか。
「影響を受けたのは、同じ岐阜県出身の高橋尚子さんです。高橋さんがシドニー2000オリンピック競技大会の女子マラソンで金メダルを獲ったとき、私は小学1年生でした。その活躍に町中が大騒ぎで、子ども心に憧れを抱きました。私自身、もともと走ることが得意だったのですが、中学校の部活で最初に目をつけたのがハンドボール部。兄がハンドボールをやっていたので興味を持ったのですが、考えてみれば自分は球技が苦手。部員も多いのでレギュラーにはなれないなと考え、陸上部に入りました」

実際に陸上に取り組んでみた印象はいかがでしたか。
「頭のなかは、『高橋尚子さんのようになりたい!』という一心でしたが、長距離は練習もレース自体も泥臭く、苦しい。でも、一瞬で勝負が決まる短距離に比べると、長距離は最後まであきらめなければ、何が起こるか分からないというドラマ性も秘めています。その上、マラソンであれば、大会で公道を走ることもできるし、応援してもらえる距離も時間も長い。そんなことに長距離ならではの魅力を感じました。」

友人の言葉で前を向けた陸上人生

安藤さんといえば、ご自身にとってはじめてのフルマラソンとなった2017年3月の名古屋ウィメンズマラソン。初マラソンにおける日本人女子最高記録をマークし、一躍注目を集めました。
「いつか挑戦したいと思っていたフルマラソンに、一般参加で出場した大会でした。沿道には途切れることなく人がいて、みなさんが一生懸命に応援してくださる。それが42.195km延々と続くわけです。それに感動して、スタートからゴールまで、ずっとゾーンというかランニングハイの状態で走り続けました。怖いもの知らずのなせる業というか。自分でもタイム(2時間21分36秒)を見て衝撃を受けたくらいです。」

初マラソンで鮮烈なデビューを果たし、この年の8月に開催された、ロンドン2017世界陸上女子マラソン日本代表に選出されます。
「2度目のフルマラソンが世界陸上という大舞台。けれど、結果はふるいませんでした。今思うと、初マラソンで結果を出し、そこで天狗になってしまったんです。以降、2、3年は記録がまったく伸びませんでした。もともと負けず嫌いな性格で、当時は23歳の生意気盛り。周りに抗って生きているような感じすらありました。それだけに、レースで負ける自分に耐えられず、競技をやめようとまで考えました」

そこで踏みとどまったのにはどんな要因が?
「実家に帰ったとき、結婚して子育てに奮闘している幼馴染に『私も、結婚して子どもを産んで、ふつうの人生を歩んでみたい』とこぼしたんです。そうしたら、彼女に『あなたのように、自分がやりたい道を見つけてそれをやり続け、みんなに期待され、輝ける場があることはすごいことだよ』と言われて。ハッとしました。自分が今いる陸上の世界は、誰もが挑戦できることではない。テレビで見たオリンピアンに憧れて踏み込んだ陸上の世界で、自分はどこまで輝くことができるだろうか。チャンスはまだある。自国開催のオリンピックも控えている。目標とすべきことがあり、監督やチームスタッフ、両親など、自分を叱咤(しった)激励してくれる人もいる。やめるなら、後悔しないくらいに極め、自分で納得してからにしようと思い直しました。あのとき衝動的にやめなくて本当によかったです。」

競い励まし合う同志と掴んだオリンピックの切符

友人の言葉がきっかけで、真のアスリートとして目覚めていったのですね。
「ようやく前を向けたのが2020年の名古屋ウィメンズマラソンです。東京2020オリンピックの選考も兼ねたレースでもあったのですが、結果は2位でマラソン日本代表には選ばれませんでした。でも、思い切って走ることができたので、ゴール後はすがすがしい気持ちでいっぱいに。代表に選ばれた一山麻緒選手に、心からおめでとうと言えたことも嬉しくて。過去の自分を卒業できたと感じることができました。」

マラソンでの出場はかなわなかったものの、東京2020オリンピックでは10000mで出場されました。
「10000mの代表選考会となった静岡県のエコパスタジアムでの日本陸上競技選手権大会は私にとっては、特に忘れられないレースです。なんとしてもオリンピックの切符を取りたいという思いで挑んだレースは、前半から廣中さんと私のふたりに絞られるという展開でした。選考レースで重要なのは、順位と同様に参加標準記録を上回れるかどうか。実は、廣中さんとは、レース前から『絶対に一緒に行くよ!』と声をかけあっていたんです。」

オリンピック出場という同じ目標に向かって、ライバル同士でありながら、そうしたやりとりがあったのですね。
「いざ、レースがはじまると、前半は廣中さんが、後半は私がスピードを上げて引っ張り、10000mを走り切りました。もうね、お互いの気合が伝わるだけに、走りながら鳥肌が立ちました。」

結果は、廣中さんが1位、安藤さんが2位で、ともにオリンピック参加標準記録を突破し、代表となったわけですね。
「私にとっては1%の可能性をかけ、トラック競技の10000mに照準を合わせて出場した大会でした。廣中さんがいなかったら標準タイムを切ることは難しかったかもしれない。お互いに切磋琢磨しながら高みを目指すことができるライバルというか、同志がいることのありがたさを実感したレースでもありました。」

沿道の応援が力になる42.195kmの道のり

10000mもマラソンも、長距離だからこそ味わえる醍醐味がありそうです。
「練習もレースも過酷でつらいものです。だからこそ、応援の力を感じます。マラソンで出場した東京2025世界陸上は、思うような走りができず、厳しいレースとなりました。苦しくて、苦しくて、足が止まりそうになるときに、沿道からまるで地鳴りのように響く『ガンバレ!』の声援に背中を押され、ゴールの国立競技場まで辿りつくことができたんです。あのときに力をもらった応援に、これからは、しっかりと結果で応えたいと思っています。」

今年3月1日には東京マラソン2026が開催されます。2025年に出場され、女子総合11位、日本人1位という結果を収めた安藤さんから、大会の魅力や見どころをぜひ教えてください。
「まず、東京タワーや浅草、スカイツリーなど東京の名所を巡りながら都心を走るというコースがいいですよね。私自身、走っていてもとても楽しくて、浅草寺の雷門が見えたときはめちゃめちゃテンションがあがりました。比較的フラットなコースでタイムが出やすいのも魅力。とはいえ、細かいアップダウンがあるので後半の30kmあたりまで、いかに脚を残す(疲れさせない)かが重要になってきます。そして、なんといっても東京駅の赤レンガの駅舎を背にして皇居に向かってゴールするあの瞬間! 沿道の応援もすごくて走り切った達成感を存分に味わうことができます。」

観戦するのも楽しい大会ですよね。
「男子、女子、海外勢、国内勢、車椅子の選手など、それぞれのトップアスリートによるスピード感ある走りを間近で観られるので、見ごたえはすごいと思います。大会当日だけではなく、観光がてら、東京マラソンのコースを一部でも走ってみるのもおすすめです。早朝であれば、車通りも人通りも少なく、比較的走りやすいと思います。」

最後に今後の抱負についてお聞かせください。
「これまで支えてくれた人たちに恩返しをするためにも、ロサンゼルス2028オリンピック競技大会にマラソンで出場し、メダルを獲ることが目標です。そのために、今は奄美の徳之島などで合宿をしながら一日60km、月に1000km以上は走り込んでいます。努力はうらぎらない。継続は力なり。自分を信じ、『あきらめなければ夢はかなう』という信念で今日も練習を続けていくのみです。ぜひ、応援よろしくお願いいたします。」

ANDO Yuka
1994年生まれ、岐阜県出身。中学校で陸上をはじめ、高校は愛知県の陸上名門、豊川高校に進学。卒業後はスズキ浜松AC、ワコールなどを経て、2024年から、しまむらに所属。2017年、名古屋ウィメンズマラソンで初マラソンにおける日本人最高記録を樹立。2024年名古屋ウィメンズマラソン優勝。2025年東京マラソン女子11位(日本人1位)。東京2020オリンピック競技大会に女子10000mで出場。世界陸上は2017年のロンドン大会、2025年の東京大会ともに女子マラソンで出場。自己ベストは2時間21分18秒